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僕は今日も生きている

ぼんやりと感じたことを綴ります

男が幸せになるためには女も幸せにならないといけないという当たり前のこと

僕は今のところ独り者だが周囲には子育てをしている女性が多くいる。「時間がない」、「子供を預かってくれる人がいない」など、皆一様に口を揃えて不満をこぼす。育児の苦労を何とか和らげたいという切なる願いを感じている。そんな中、先日このような記事を目にして気になった。

 

togetter.com

 

どこかの企業が自動販売機で紙おむつを販売し始めたそうで、きっかけはイクメンの提案だそうだ。けれどもそれは以前から女性達、ママさん達がずっと声を上げては批判されていたことらしい。女性が言うと甘えだとか需要がないと批判され、男性が言うとあっさり実現する。理不尽だけどこれが2017年の日本の現状だ。

 

ではなぜそうなるのだろうか?「男は女より優秀だと思っている」人が多いから、と考えるのが自然だろう。同じ意見を言ったとしても、出来ない人の意見は通りにくいが出来る人の意見には皆耳を傾けるものだ。年配の方に聞くと、30~40年くらい前の日本では、取引先に電話をして相手が女性だと、「男の人はいませんか?」と平気で言ったそうだ。流石に今時そんなことを堂々と口にする人はいないが、本音もしくは深層心理ではきっとそう思っているのだろう。

 

以下はアメリカでの事例だが日本でもきっと変わらないと思う。

 

www.huffingtonpost.jp

 

人材紹介の仕事をしている男性と女性がいて、サービス利用者とは基本的にはメールでしかやり取りしない。その男性社員は女性社員よりテキパキと仕事をこなしていて優秀だと思われていた。利用者に対して、男性社員は女性社員よりも適切なアドバイスをする事が出来ている、そう考えていた。けれども両者が名前を入れ替えて利用者に接すると仕事のパフォーマンスが入れ替わったとのこと。利用者は男のアドバイスは受け入れるが女のアドバイスは拒絶するのだ。

 

私は以前社内の情報システム部門にいた。社員の使うPCやその裏側のITシステム(ネットワークやサーバー等)を管理する部門だ。メーカーやITベンダーから営業電話がよくあるのだが、女性上司がたまにキレていた。責任者・担当者と話したいと言われて彼女が電話に変わると「あれ、ご担当の方をお願いしたいのですが・・・」と言われることがあるらしい。女という時点で技術者であることを否定されるのだ。お前は技術の仕事をしていないと決めつけられるのだ。

 

言うまでもなく力仕事であれば女性より男性の方が平均的に有能であろう。しかし仕事全般において女性が劣っているということは恐らくない。営業職、事務職などをしているのであれば筋力で勝負しているわけではない。それでも体が大きく腕力が強いと有能に思えてしまうのだろうか。

 

「思えてしまう」こと自体は本能なので恐らく仕方がない。この「思えてしまう」現象をGoogleでは「無意識のバイアス」と呼び、これを排除するための研修を行っている。

 

gigazine.net

 

おむつの自販機問題で言えば

 

1.男が言ったか女が言ったとかそんなことは関係ない、問題は言った内容だ

2.本当に自販機で販売すると需要があるか、判断する材料を集めろ

3.日頃から色々な立場の色々な意見を聞け、交流しろ

4.多数の意見、男女の意見を意志決定に反映させろ

 

となる。これが難しいことは誰にでも分かる。難しいからこそ研修会まで開いて社員に教育しているのだ。そして「思えてしまう」を排除することが利益につながるとGoogleは考えている。

 

男女差別の根底には女性は男性よりも劣っているという考えがあるのだろう。しかしその根っこを疑う気持ちは常に持ち続けた方が良い。理不尽な事は良くないという倫理的な問題もあるが、女が幸せにならないと男も幸せになれない。人は幸せを共有することで幸せになれると僕は思っている。